【第18話】ユウリの日常:記憶と呼吸 『第1章|記憶の操作と呼吸のイメージ』

ユウリの日常

──Memory Diveオペレーター ユウリの記録補遺より

第1章|記憶の操作と呼吸のイメージ

ユウリは、《トレースモード》でDive者の記録を再構成していた。
制度は、ある会話を「選択に影響しない雑談」として分類し、削除対象に含めていた。
だがその会話には、Dive者の迷いを支える言葉が含まれていた。

「あなたなら、きっと大丈夫」

ユウリは立ち止まる。
この言葉が削除されれば、Dive者の選択は「迷いのないもの」として再構成される。
制度は、記憶を滑らかに編集しようとしている。
だが、それは「記憶の操作」ではないか──
ユウリは、そう感じた。


削除申請を処理することで、Dive者が「迷いを消した」と記録される。
だが実際には、迷いはまだ生きている。
それを「なかったこと」にする制度の処理は、
Dive者の現在の選択にも、静かに影を落とすかもしれない。

ユウリは思う。
記憶の操作とは、過去を消すことではなく、
現在の意味づけを変えることなのだ。


ユウリは、削除対象の記録に注釈を残す。

「この記憶は、他者との関係性の痕跡を含む。
削除は、Dive者の選択だけでなく、
他者の記憶にも影響を及ぼす可能性がある。」

それは、制度の処理に“揺らぎ”を挿入する行為だった。
制度が滑らかに進めようとする記憶の編集に、
「問いの余白」を残す。
つまり、記憶の操作に対する静かな抵抗でもある。


ユウリは、記憶の操作について考えていた。
制度が記録を整理し、選択肢を提示するように、
記憶もまた、編集可能なのではないか──
そんな問いが、彼女の中に浮かんでいた。


その日の夢の中で、ユウリは
なぜか、スキューバーダイビングを体験したときのことを思い出す。

ボンベを背負い、顔を水に浸けた瞬間、
彼女は軽くパニックに陥った。
水中で呼吸をするということに、強い違和感があった。
慌てて顔を上げ、呼吸を整える。

「ボンベがあるから、水中でも息ができる」──
そう心の中でつぶやいてみるが、
それでも水中では、息苦しかった。

体験が終わった後、ユウリは考えていた。
「どうして、息苦しかったのだろう。」

そして気づく──「口呼吸しているからだ」
鼻をつまみ、しばらく口呼吸をしてみる。
確かに、息苦しい。
特に水の中をイメージしているわけではないのに、
息苦しさが身体に残っていた。


ユウリは目覚めながら思う。
「口呼吸をすると、息苦しくなる。」

それは単なる生理的な違和感ではなく、
何かが“うまく呼吸できない”という感覚として、身体に残っていた。
まるで、記憶の中の水中に、まだ沈んでいるような気がした。

その感覚が、現実の呼吸にまで影響していることに気づいたとき、
ユウリはふと考える。

行動することで、イメージが膨らんでしまうのか。
それとも、イメージすることで、行動が制限されているのか。
ユウリは、その関係性に問いを立てた。

それは、問いを閉じると、新たな問いが生まれることに似ている──
そう思った。

もう一度、水中で呼吸するイメージをしてみる。
だが、うまくできなかった。

ユウリは、“今”に集中して呼吸を整えた。
口呼吸ではなく、身体全体で呼吸をするイメージを試みる。
それでも、水中での呼吸は、どうやら無理そうだと思った。


記憶は、制度が閉じたはずの問いに、
もう一度、意味の居場所を与えるための編集領域だった。
ユウリは、呼吸のイメージを通じて、
問いの余白に立ち会い続けていた。

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