
──Memory Diveオペレーター ユウリの記録補遺より
第1章|問いを開き続けるために
ユウリは、Dive者の記録を整理していた。
制度は、選択履歴・タグ・能力値をもとに、
未来の分岐を滑らかにするための記録整備を求めていた。
ユウリの業務は、削除対象のログを抽出し、
照合不能な断片を分類し、再提示の対象から外すことだった。
だが、ユウリは単なる整備者ではなかった。
彼女は、削除された記録の余白に立ち会い、
制度が閉じたはずの問いに、もう一度意味の居場所を与えようとしていた。
選ばれなかった選択肢、
タグ付けされなかった感情、
数値化されなかった迷い──
それらは、制度が扱えない揺らぎだった。
ユウリは、それらの断片を編集領域に移し、
語彙をずらし、タグを外しながら、制度外の語りとして再構成する作業を続けていた。
ユウリにとって、記憶の操作は問いを開くための手段だった。
だが、その操作が問いを閉じる結果になっていた。
制度は、選ばれなかった選択肢を削除することで、未来の分岐を滑らかにする。
それは、問いを閉じるための操作だった。
選ばれなかった記録は再提示されず、制度はその分岐を「完了」として処理する。
問いを閉じることが目的なら、行動制限は有効だろう。
選択肢を減らし、迷いを排除し、制度的な整合性を保つためには、制限は必要だ。
だが、問いを開くことが目的なら──制限はむしろ妨げになる。
制限は、語りの余白を狭めてしまう。
選ばれなかった記録にこそ、語られていない意味がある。
ユウリは、制度が閉じたはずの問いに、もう一度、意味の居場所を与えようとしていた。
制度は、選ばれなかった記録を「完了」として処理し、
再提示の対象から外すことで、分岐の滑らかさを保とうとする。
だが、ユウリにはその滑らかさが、語りの断絶に見えた。
選ばれなかった記録には、まだ語られていない感情や、
意味づけされないまま残された迷いが潜んでいた。
制度が閉じた問いは、語りの余白として残る。
ユウリは、その余白に立ち会いながら、
制度の外側で問いを再構成するための編集を始めた。
削除された記録を編集領域に移し、タグを外し、語彙をずらしながら、
「未完」「裂け目」「ためらい」といった言葉で語り直す。
それは、制度が扱えない揺らぎを語りとして立ち上げる編集的実践だった。
ユウリは気づく。
問いを開き続けるためには、一度、問いを閉じなければならない。
閉じることで、問いは輪郭を持つ。
輪郭を持つことで、問いは再構成される。
再構成された問いは、別のかたちで開かれる。
Dive者は、選択できなかった未来を見るためにMemory Diveを訪れる。
だが、未来を見ることで行動は制限されてしまう。
制度は、予測された未来を提示することで、
Dive者の選択を滑らかに誘導しようとする。
それは、迷いを減らし、分岐を整えるための設計だった。
Dive者にとってMemory Diveは、
「選べなかったこと」を確認し、
「選ぶべきこと」を見つけるための場だった。
だが、提示された未来は、すでに制度によって整備されており、
その整備が、Dive者の“今”の行動を静かに制限していく。
一方で──
ユウリは、Memory Diveに問いを開くために訪れる。
彼女にとって未来予測は、選択の補助線ではなく、
語りの余白に立ち会うための素材だった。
ユウリは、制度が提示する未来の滑らかさに違和感を覚えていた。
その整合性の裏には、削除された記録、閉じられた問い、
語られなかった迷いが沈殿している。
ユウリは、それらの断片に立ち会い、
制度が閉じたはずの問いに、もう一度意味の居場所を与えようとしていた。
だが、制度的な制限によって、問いは再び閉じられていく。
それでも、問いを閉じるたびに、新しい問いが開かれる。
これは「反復による意味の生成」──
人は、問いを繰り返すことで、問いそのものを開き続ける。
ユウリは、編集者としての立場に揺らぎながらも、
問いを閉じては開くというリズムに身を委ねていた。
問いを閉じることで、問いを開くことができる。
問いを閉じなければ、問いを開き続けることはできない。
ユウリは、記録と記憶のあいだで、
「閉じては開く」の繰り返しこそが、
問いを開き続けるということなのかもしれない──
そう、静かに思った。
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