【第8話】ユウリの日常:制度が閉じた記録に立ち会う 『第1章|記憶の深層から』

ユウリの日常

──Memory Diveオペレーター ユウリの記録補遺より

第1章|記憶の深層から

ユウリは、記録の整合性チェックをしていた。
制度的には、記録が改ざん・断片化されていないかを検証する業務。
だが、ある「新しい記録」に対して、彼女は違和感を覚えた。

ユウリは気づかなかった。
削除されたはずの記録が、夢機能によって再構築されていたことに。


ユウリは、いつもの手順で記録を読み込もうとした。
分類タグも、識別子も、制度の照合ルールに従っていた。
だが、端末は応答しなかった。

表示されたのは、見慣れた拒否通知──
「記録照合不能:再構成された記録の可能性あり」

ユウリは一瞬、理由がわからなかった。
だが、画面に浮かぶ構図の揺らぎ、語彙の重なり、
そして夢機能ログとの微細な干渉を見て、静かに気づく。

その記録には「消去済み」として処理していたログが残されていた。
これは、制度が削除したはずの記録なのか。
だが、夢機能は記録の断片を拾い上げ、
誰かの夢記録の中で、別のかたちで再演していた。

夢機能によって再構成され、別のかたちで浮上してきたもの。
その記録は、制度の分類には属さない、意味の揺らぎだった。
ユウリは、偶然その夢記録に触れた。
夢記録の中で語られた場面が、かつて削除された記録と重なっていた。
制度が閉じたはずの問いが、夢の裂け目から漏れ出していた。


制度は、記録を照合し、分類し、完了させる。
ユウリは、制度が分類できなかった記録に立ち会い、
そこに残された問いの痕跡を拾い上げる。

彼女は、制度が「照合不能」と返した記録に、「夢の裂け目に浮かぶ既知感(デジャヴ)」と名づける。

それは業務ではない。
それは編集だった。
制度が閉じたはずの記録に、問いを開く行為だった。

制度はそれを「読んではいけないもの」として閉じる。
ユウリは、それを「読まなければならないもの」として開こうとする。

制度はそれを「照合不能」としていた。
それでもユウリは読み込む。
制度の端末が拒否しても、
ユウリは編集領域に記録を移し、
自らの手で読み込みを開始した。

それは、制度の分類には属さない記録。
識別子も、整合性も、完了フラグも持たない。
だが、そこには問いの痕跡が残っていた。

ユウリは制度の形式を借りながら、
制度が拒んだ記録に立ち会うために、
再構成された記録を「夢の裂け目に浮かぶ既知感」「編集領域」でとして読み込む。

制度はそれを「問題あり」と判断するかもしれない。
だがユウリにとっては、それこそが「本当の業務」なのだ。


制度は、再構成された記録を「読んではいけないもの」として閉じる。

制度が拒んだ記録に、
ユウリは仮の名前を与え、
その記録が問いとして再び立ち上がることを祈っている。

ユウリは、その記録を読み込みながら、
「忘れていた記憶が、記録として現れる」現象に立ち会う。

それは──「潜在記憶の顕在化」

「忘れていたはずのことが、突然よみがえる」
「思い出そうとしていないのに、思い出してしまう」

たとえば、ある匂いや風景に触れた瞬間、
昔の記憶がふと浮かんでくることがある。
それは、意識して保存していた記録ではなく、
心の奥に沈んでいた“潜在的な記憶”が、何かの刺激で“顕在化”した状態。


ユウリは、それを「読まなければならないもの」として開く。

ユウリは、ある記録を読み込む。
制度には存在しないはずの場面が、彼女の内面に響いてくる。
それは、かつて誰かが記録しようとして、
記録されなかった記憶の断片。

ユウリは、その記録に仮の名前を与える。
それは、潜在記憶が顕在化した瞬間に立ち会う編集的実践だった。

人は、忘れたと思っていた情報を、ある刺激によって突然思い出す。
ユウリは、記録と記憶の境界が揺らぐ瞬間に、編集者としての手を止めた。

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