
― 生き方の行間を語る、私の記録 ―
過去と未来の行間――つまり“いま”――を、記録という素材で編み直す。
解釈することで、未来だけでなく、すでに確定したと思っていた過去すら変容する。
その揺れの中で、他者の記録が私自身の物語として立ち上がってくる。
📘 プロローグ :記録社会の胎動
記録は、手渡された日記から始まった。
いつ書いたのかも忘れていた。
ページの端が歪み、いくつかの記憶はにじんでいた。
開いたまま置いてあったのは、過去の自分の残響だったのか、それともまだ書きかけの現在だったのか。わからない。
この街では、個人の“能力”が数値化され、キャリアが管理されている。
能力とは、目に見えないはずのものだ。
創造力、思考の柔軟性、感受性、持続力、複雑な状況での判断力
――それらは定期的な脳スキャンで測定され、個人コードに組み込まれていく。
評価は数値として表示され、社会のインフラと直結している。
その数値が、人生を決める。
進路、職業、交友関係、居住区まで。
選択肢は、“可能性”ではなく、“適正値”として提示される。
自分自身で選んだように見えて、その選択は既に記録に基づいて設計されている。
“向いていることだけをやればいい”という管理は、やがて“やってはいけないことを考えるな”という抑止へと変わる。
自由とは、能力を超えて迷うことだ。だがその迷いこそが、データ化されない領域だった。
最近では、「他人の人生を疑似体験する装置」が話題になっていた。
記録化された物語――それも過去の誰かが残した体験――を装置に読み込むことで、「別の選択肢だったかもしれない人生」を体験できるという。
ある人は、自分には無理だと言われていた職業を体験しに来る。
ある人は、選ばなかった道を、ほんの数分だけ生きてみる。
その装置に関わる仕事に、私は就いている。
記録が再生される場所――それは、過去と可能性の接続点だ。
そしてある記録が、私の中の何かを静かに揺らし始めていた。
物語は、まだ始まっていない。
けれど、すでに私の“どこか”では始まっていた。
🌌 シリーズ⑥《未選択の編集点》 🔗 記事一覧リンク
第1章|受付の向こうの世界
└ 📘 第1章|受付の向こうの世界
コラム:Dive System/記録体験装置パンフレット ―『声の届かない編集室』体験記 解説付―
第2章|潜行する視点
└ 📘 第2章|潜行する視点
コラム①:選択疲れの時代 ―選べることは、必ずしも自由ではない―
コラム②:記録と記憶のズレ ―再生とは、記憶を裏切ることである―
コラム③:無意識の選択と可視化されすぎた未来 ―選択が選択であるために、意識はどこに置かれるべきか―