
──Memory Diveオペレーター ユウリの記録補遺より
第1章|価値観の揺らぎに触れる
ユウリは、フィードバック対応ミーティングに呼ばれていた。
対象は、あるDive者からの申し立て──
「いつまでたっても答えに辿り着かない」という不満だった。
制度は、選択肢を提示し、記録を滑らかに処理する。
その中で、答えは“選ばれた結果”として保存される。
だがDive者は、その滑らかさの中で、
問いが閉じられる感覚に耐えられなかった。
ユウリは、会議の議題を聞きながら、
その言葉の奥にある“編集されなかった問い”に耳を澄ませていた。
「答えに辿り着かない」のではなく、
「辿り着いてしまうことで、問いが終わってしまう」──
そんな感覚が、記録の余白に滲んでいた。
制度は処理を求めていた。
ユウリは、立ち会いを選んでいた。
制度は問いを閉じるが、ユウリは問いを開く。
このユウリの姿勢は、制度が定義する「仕事」という価値観においては、
不要で、非効率で、時に混乱を招くものと見なされるかもしれない。
ユウリは、Dive者からのクレームにより、
「仕事の価値観」について考えさせられていた。
クレームの内容は、「いつまでたっても答えに辿り着かない」というものだった。
ユウリは、制度が閉じた問いを開いていた。
制度は、ユウリが開いた問いを閉じていた。
この繰り返しが、Dive者のクレームに繋がっていた。
Dive者は、問いを開くという選択をしていた。
制度が提示する“最適な答え”をすぐに受け入れるのではなく、
自分の内側にある違和感や迷いに、もう少しだけ立ち止まってみようとしたのだ。
だが、その選択は制度の側から見ると、
「Memory Diveに何度も通わなくてはならない」という状態として記録された。
問いを開き続けることは、処理の未完了として扱われ、
やがて“非効率”というラベルが貼られていく。
そして、いつの間にか「答えが見つからない」という評価にすり替わっていた。
問いを手放さなかったことが、
“迷い続けている”という記録に変換されていた。
ユウリは、その変換の滑らかさに、静かに抗っていた。
問いを開き続けることは、
必ずしも「答えを見つけないこと」ではない。
むしろ、問いを閉じてしまうことで見落とされる何かが、
そこには確かにあった。
ユウリは、「いつまでたっても答えに辿り着かない」というDive者の言葉に、
ただの不満以上のものを感じ取っていた。
それは、制度が約束する“効率”と“成果”に対する期待が、
問いの継続によって裏切られたという感覚だった。
だがユウリは、少し違う角度からその言葉を見ていた。
「答えに辿り着かない」のではなく、
「辿り着かないことで、問いが生き続けている」──
そう考えていた。
制度は、答えを出すことで記録を閉じる。
だがユウリは、問いが開かれ続けることで、
Dive者の思考や感情が、まだどこかに向かっていることを知っていた。
だからこそ、彼女は疑問を持ったのだ。
「記録社会の能力の数値化は、こんな時のためにあるのだろうか」
──問いを開き続ける者の動きは、数値化できるのか。
──“まだ辿り着いていない”ことに、意味を与える尺度はあるのか。
ユウリにとって、「答えに辿り着かない」は、
制度が処理しきれない“意味の余白”を生きることだった。
そしてその余白に立ち会うことこそが、
彼女自身の“仕事”の輪郭を確かめる行為だった。
ユウリは、Dive者の記録を再生しながら、
そのクレームの背後にある疲労を感じ取っていた。
「いつまでたっても答えに辿り着かない」──
それは、制度が約束してきた“効率”や“成果”への期待が裏切られたという感覚だった。
制度は、問いを閉じることで、
選択を滑らかにし、記録を安定させ、
「仕事」を進めやすくする。
そこに迷いは不要であり、
問いの余白は“非効率”として処理される。
ユウリのしていることは、
その制度の流れに逆らうような行為だった。
閉じられた問いを開き、
分類不能な記録に立ち会い、
語られなかった目的に意味の居場所を与える。
それは、制度の定義する「仕事」から見れば、
不要で、非効率で、時に混乱を招くものだったかもしれない。
けれどユウリは、Dive者の沈黙に触れたとき、
そこに確かに“まだ語られていない何か”があることを知っていた。
制度が閉じた問いの奥に、
Dive者自身も気づいていない問いの種が眠っていることを、
彼女は何度も見てきた。
「仕事とは、答えを出すことなのか。
それとも、問いを閉じずに立ち会い続けることなのか──」
ユウリは、自分の業務記録にその問いを残した。
それは、制度の評価項目には反映されない注釈だった。
だが、彼女にとっては、
その問いを記録することこそが、
“仕事”の輪郭を確かめる行為だった。
制度は、今日も問いを閉じていく。
ユウリは、今日も問いを開こうとする。
その繰り返しの中で、
「仕事」という語の意味が、少しずつ揺らぎ始めていた。
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