
──Memory Diveオペレーター ユウリの記録補遺より
第4章|デジャヴの記憶
ユウリは業務の隙間を歩き、記録に現れない記憶の揺らぎに立ち会っていた。
それは「本当の業務」だと彼女は感じていたが、制度の定義に従えば「業務外」あるいは「逸脱」とされる領域だった。
彼女は、問いの狭間を歩き出す。
そして、記録されなかった断片を拾い集め、名前のない記録に名前を付けている。
ある日、映画のある場面に触れた瞬間、ユウリは既視感(デジャヴ)に包まれた。
制度のログにも、彼女自身のメモにも残っていないはずなのに、
確かに「見たことがある」と感じた。
「思い出したわけじゃない。記録にも残っていない。
でも、どこかで感じたことがある気がする──
まるで、忘れていた記憶の隙間から、音だけが漏れてきたような感覚。」
ユウリは、制度の記録には存在しないはずの感覚に触れた。
それは、誰かの声でも、明確な映像でもない。
ただ、記憶の奥に沈んでいた何かが、
静かに、でも確かに、彼女の内面に響いてきた。
それは、記録されなかった問いの残響。
制度が閉じたはずの記憶が、
裂け目から漏れ出してきた音のようだった。
ユウリは思う──
これは、誰かの記録かもしれない。
あるいは、自分が“なかったこと”にしたかった記憶の再浮上かもしれない。
彼女はその場面を一時停止し、
画面の奥に沈んでいた問いの痕跡に、静かに立ち会った。
初めて見るはずなのに、「見たことがある」と感じる。
検索しても、ログを辿っても、該当する記録は見つからない。
けれど、映像の一部が、まるで既に知っているもののように立ち上がってくる。
輪郭は曖昧で、時間軸も不確か。
それは、記録ではなく、記憶の奥に沈んでいた何か──
制度が分類できなかった断片のようだった。
ユウリは静かに思う。
「それは、Dive中に見た夢の記憶が混ざっているからかもしれない。」
記憶と夢、現実と記録が交差する瞬間──
ユウリは、「デジャヴの構造」に触れていた。
「思い出した」とは感じないのに、「知っている」と感じていた。
「今起きていること」が「すでに経験したこと」のように感じられていた。
夢や無意識下で見た映像、過去に注意を向けなかった場面などが断片として残っていると、
そして、現在の体験と似ていると、脳が「これは前にもあった」と再構成してしまう。
ユウリが映画のある場面に触れたとき、
それは制度の記録には存在しないはずなのに、
彼女の内面に“見たことがある”という感覚が立ち上がる。
それは、Dive中に見た夢の記憶が混ざっているのかもしれない。
あるいは、制度が分類できなかった断片が、
現在の体験に擬態して再演されているのかもしれない。
ユウリはその瞬間、記録と記憶の裂け目に立ち会っていた。
デジャヴとは、制度が閉じたはずの問いが、
記憶の揺らぎとして再び開かれる現象なのだ。
制度においては、すべての体験はログ化され、分類され、識別子を持つ。
しかし、デジャヴは「記録されていないのに、既に記録されているように感じる」現象。
制度にとっては“未登録の反応”=例外的なノイズでしかない。
制度は、記憶を時間軸に沿って整理する。
だが、デジャヴは過去の断片が現在の体験と非同期に重なることで発生する。
この非同期性は、制度の「完了」「同期」「整合性」の原則に反している。
制度は、体験を分類し、意味づけする。
しかし、デジャヴにおける「知っている気がする」という感覚は、
分類の根拠が不明なまま既知感だけが先行する。
制度にとっては“根拠不明の既知ラベル”となる。
ユウリが映画の場面に既視感(デジャヴ)を覚えたとき、
制度はそれを「記録照合不能な感覚反応」として処理した。
だがユウリは、その感覚の奥に、
制度が分類できなかった問いの痕跡を見出した。
制度は、デジャヴを“例外”として閉じようとする。
ユウリは、それを“余白”として開こうとする。
それが、制度とユウリの編集の違いなのだ。
ユウリは、制度の記録照合機能を使って関連ログを検索した。
だが、照合結果はゼロ。
制度はその感覚を、記録として認めなかった。
彼女は報告フォームに感覚の詳細を記述する。
映像の構図、色調、登場人物の動き──
それらが、Dive中に見た夢の断片と重なっている可能性を記す。
だが、制度は夢記録との干渉を「非参照領域の誤認」として処理し、報告は却下された。
ユウリは端末を閉じ、静かに思う。
「制度は、記録されなかった記憶に名前を与えない。
ならば、私が与えるしかない。」
彼女はその既視感(デジャヴ)に、仮の名前を与える。
それは、制度の分類には属さない名前。
識別子でもラベルでもない。
問いの余白に立ち上がる、意味の仮設。
ユウリはその記録を「夢の裂け目に浮かぶ既知感(デジャヴ)」と名づけ、
制度の記録空間とは別の場所──
彼女自身の編集領域に保存した。
それは、制度が閉じた問いに対して、
彼女が開いた問いの痕跡だった。
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