
退職後、時間の自由を手に入れたはずなのに、どこか不安が消えなかった。
仕事がなくなったのに、生活には困っていない。だけど、どこか“お金に追われる感覚”が残っていた。
その違和感の正体は、「お金の価値観を棚卸ししていなかったこと」だった。
どこかで、“裕福な人”という存在に憧れがあった。
でも、その定義は案外あいまいで、「収入が多い=裕福」と思っていた自分に気づいたとき、少し驚いた。
ある本を読んでいて、ふと立ち止まった言葉がある。
精神だけでは、行動は現実にならない。
物質だけでも、心は動かない。
精神と物質の両輪が、人を突き動かす。
頭では分かっていたつもりでも、あらためて腑に落ちたのは、退職して“何もない時間”と向き合ったからだった。
精神・物質・価値観──その重なりが生むもの
お金は、単なる「物質」ではない。
どう使うか、何に交換するかという“意味”のやりとりでもある。
そして、その意味づけをしているのは、自分自身の“価値観”だった。
たとえば、知識、時間、健康、人間関係。
これらを「財政的価値」に変換するという視点は、会社員時代にはなかった。
やりがいや感謝で満たされていたから、“お金に変える”という発想を持たずに済んでいたのかもしれない。
“自分の価値観”は、行動というかたちで現れる
副業や執筆を始めて気づいたのは、お金を稼ぐことより、「自分の価値観がどこにあるか」が重要だということだった。
本当に大事だと思っていることなら、他人に言われなくても行動している。
これは、報酬や義務ではなく、価値観から生まれる“自然な行動”だった。
だからこそ、自分がお金とどう付き合いたいのかは、「どんな価値を交換したいか」によって変わってくる。
“現在地”を測る問いと、経済戦略の輪郭
そしてもうひとつ、自分の“お金の現在地”を測る問いがある。
「いままで稼いだお金のうち、何%が手元に残っているか?」
この問いを考えたとき、“収入額”ではなく、“残った価値”が見えてくる。
どれだけ稼いでも、使いきってしまえば、富は残らない。
逆に、意図を持って使い、貯め、育てれば、自由が増える。
仮に、自分が月にいくら必要なのか。
そのために、投資からいくら収入があれば足りるのか。
その前提で、自分にとって「経済的自由」とは何か──
数字をつかって逆算していくと、不安の輪郭が具体化する。
そして、「何をどう備えるか」が見えてくる。
大切なのは、“怖いから避ける”のではなく、“怖さを減らす準備をする”という考え方だった。
お金と働き方を、同じ視点で見直す
働き方を整えるには、お金の仕組みも、自分の価値観も、いちど“見える化”する必要がある。
そのうえで、自分に合った「経済のつくり方」があればいい。
それは、誰かの真似じゃなくて、自分の問いと、自分の価値観に沿った“戦略”でいい。
そしてそれは、派手な稼ぎ方ではなく、“自分に合うペースで選び直す”という行動なのかもしれない。
📌 次回予告:
番外編②|続かなかった“副業実験たち”──やめた理由こそ、大切なヒントだった
試してはやめた副業や副産物の数々。その理由をたどることで、自分の価値観の輪郭がくっきり浮かび上がってきた。
📚 関連記事はこちら
◇ シリーズ③ 総集編|「働き方も、解体して戦略する時代へ」
◇ 第5話|揺れながらでも書いてみたら、“これまで”がつながった
◇ 番外編② 予告|やめた理由こそ、大切なヒントだった