良かれと思ってやったことが、裏目に出ることは多い。
自動車に乗っていて、相手に道を譲ってあげたら、相手が事故を起こしてしまう。
いわゆる「サンキュー事故」だ。
これを対策しようとすると、「道を譲らない」になるのだろうか。
そもそも、「譲る」ということは、自分が優位な立場にあるということで成り立っている。
直進車優先とか、道路の幅が広いとか、左折優先とか。
でも、ルールを守らない人はいる。
なかでも困った人は、ルールを知らない人だと思う。
まだ、ルールが決まっていれば、解りやすいが、
人間関係は、ルールがない。
ルールがないので、裏目に出ることはないと、言いたいが、そんなことはない。
親が子供に、「言うことを聞かせたい」
「仕事しろ、勉強しろ」と言われているが、「遊びに行きたい」とかだ。
解決方法は、シンプルなのだが、実際は難しい。
「自分がどうしたいのか」 これだけだ。
相手に「スゴイですね」と言われると、
「そんなことない」と答えるだろう。
「大したことないですね」と言われると、腹が立つ。
優秀ではないけど、劣ってもいない。
「普通ですよ」といったところだろうか。
でも、「普通ですよ」と答えるのは、なんか違う気がします。
「相手の目的を知る」 これが解れば対応が出来る。
ただの社交辞令なのか。
イヤミを言っているのか。
何か、アドバイスを貰いたいのか。
自分も利益を得たいのか。
同じ言葉でも、相手の「状況」によって、変わって来るだろう。
「相手を観察し、行動から、仮設を立てる」 状況把握をすることだ
私は、「話す」ことは、「要求すること」だと思ている。
「○○をしてほしい」「○○してほしくない」は、もちろん。
「○○さんが事故に巻き込まれたらしいよ」は、「気を付けてほしい」という、要求です。
相手が、「なぜ、要求をしてきたのか」を、考えてみる。
急いでいる。
怒られる。
疲れている。
楽したい。
心配だ。
迷惑がかかる。
ところで、問題なのは、自分も相手も、「どうしたいのか」が解らない場合だろう。
むしろ、相手のことは、解る方が難しい。
「言ってること」と、「思ってること」は、違う場合もあるだろうし、むしろ合ってる人のほうが少ないと思う。
相手のことは、解らないのです。
断れない人は、相手の要求を受けいれ、さりげなく、こちらの要求も受け入れさせよう。
最初に戻るが、「自分がどうしたいのか」 これだけだ。
相手に「恩」を売っておけば、返ってくるだろう。
裏目に出たら、返って来ない、だけだ。
相手の「恨み、妬み」まで考えてしまうと、切りがない。
ましてや、自分の「罪悪感」までは、考え過ぎだろう。
「自分勝手」と思われるのがイヤかもしれないが、何をしても、誰かには「自分勝手」になってしまうのだから。